井の頭自然文化園の「はな子」
東京都武蔵野市にある井の頭自然文化園には、「はな子」という
アジアゾウがいます。
先日、「平和への祈りをささげたい ~上野動物園にて」を書いたあと、
「そうだ、『はな子』に会いに行きたいなぁ」と、ずっと思っていました。
井の頭自然文化園の「はな子」には、私はとても思い入れがあるからです。
とっても冷え込んだ朝を迎えた昨日の2月6日、例によって朝イチで
井の頭自然文化園に行ってきました。天気は良かったのですが、
朝の空気はまだまだ冷たく、園内の噴水の水面が凍っていました。
朝イチということもあるのでしょうが、園内は人もまばら。
吉祥寺からほど近いにもかかわらず、いつも落ち着いたたたずまいの
井の頭自然文化園ですが、この日の園内は、真冬の冷たい空気が
余計に静けさを感じさせます。
私が好きなマーラくんも…
朝から日向ぼっこしていました。
さて、なんでこの日にゾウの「はな子」に会いに来たか…
それは、この日に「はな子」のお祝い会があったからなのです。
「はな子」は63歳。戦後最初に日本にやってきたゾウです。
まだ戦後間もない1949年、タイから上野動物園にやってきたのが、
この「はな子」なのでした。
つまり…上野動物園で戦争の影響で命を断たれてしまったゾウの
「ジョン」「トンキー」「ワンリー」たちの後を継ぐゾウとして、まさに平和の
使者として日本にやってきたのです。
その後、「はな子」は各地を巡る移動動物園に参加し、多くの子供たちに
たくさんの夢を与えたのち、武蔵野・三鷹市民の熱烈な呼びかけにより、
1954年に現在の井の頭自然文化園へやって来ました。
井の頭自然文化園のアジアゾウ、「はな子」です。
足を曲げてステップを踏む「はな子さんステップ」は有名(?)です。
63歳の「はな子」は、戦後初めて日本にやってきたゾウであるとともに、
日本で最高齢のゾウでもあります。
昨年までは、小田原城址公園動物園にいたアジアゾウ「ウメ子」が、
「はな子」と同じ年齢ということで、もう一頭の日本最高齢のゾウだった
のですが、昨年9月に天寿をまっとうし、天に昇っていきました。
高齢の「はな子」は歯も衰えてしまい、食べ物を噛むことができません。
そこで、飼育係の人が野菜やジャガイモなどを細かくきざんであげたり、
「はな子」が大好きなリンゴやバナナ、干くさをやわらかくして丸めた
名物(?)「はな子団子」、そして流動食などをあげているそうです。
この朝も、飼育係の人から、バナナを口に入れてもらっていました。
足元には、飼育係の人が細かくきざんでくれた、ニンジンなどが
山盛りに積んでありますが、「はな子」はそれを食べようとしません。
寒いから食欲がないのか、それとも好き嫌いなのか…
山積にされた野菜の量は、たぶん野菜炒め数十皿分でしょうか。
それを刻む飼育係の人も大変だと思うのですが、そんな気も知らず
「はな子」は野菜には見向きもしないのです。
でも、その野菜をハトが盗みにやってくると…
…と、ハトたちを追い散らす元気もあります。
「はな子」は日本に来てから60年余り、決して平穏な日々ばかりでは
ありませんでした。
昭和30年代には、酔っ払ってゾウ舎に侵入してきた人と、飼育員を
死なせてしまうという事故があり、「殺人象」と大々的に報道されて
四つの足を鎖につながれて自由を奪われ、「はな子」は大荒れに荒れ、
心をすっかり閉ざしてしまい、やせ細ってしまったことがありました。
(現在、はな子の歯が無いのも、その頃の栄養失調が原因のひとつと
言われているそうです)
その後、再びパドックに出て公開されたときも、お客さんから「人殺し!」
と罵られたり、石を投げられたこともあったとか…
そんな「はな子」をいたわり、時にはお客さんからの罵声の盾となり、
まさに献身の努力で「はな子」の心を開いていった飼育員の話は、
「父が愛したゾウのはな子」という本になっています。
ロープで遊ぶ「はな子」…今は平穏な日々です。
日本の戦後、高度成長期、そしてバブル期…
「はな子」が日本に来てから60年という年月は、私たち日本人が
戦後の貧しい時代から、現在のモノに恵まれた時代までの全てと
オーバーラップします。
「はな子」の目に映った人たちのスタイルも、その60年の間に大きく
変わったはずです。そして、「はな子」が目にした多くの人たちの中に
幼い頃の私もいたはずです…
「はな子」はその目で、いったい何人の人を見てきたのだろう…
幼い頃の私は、吉祥寺からほど近い所に住んでいました。
吉祥寺へ買い物に行ったついでなどに、よく両親に連れられて
井の頭自然文化園に行ったものです。
もの心がついてから、たぶん初めて自分の記憶に刻み込まれた
大型動物が、井の頭自然文化園のゾウ…
そう、つまりこの「はな子」だったと思うのです。
幼い頃の私は、きっと「はな子」を見て無邪気に喜んでいただけで、
よもやその40年後に、こうして動物写真を撮り、果てはケニアの
サバンナまで行くようになった私がいるだろうとは、当然ながら
想像もしていなかったでしょう。
井の頭自然文化園で「はな子」と対面し、レンズを向けているとき、
幼い頃の私と「はな子」が対面している光景を想像してしまい、
その時代に、そのままタイムスリップしてしまうような錯覚に陥ります。
そして、私の幼い頃の姿を「はな子」が覚えているハズもないのですが、
幼い頃の私の姿を必ず見ているはずの、その優しい目を通して、
生きていれば、いろいろなコトに出会うものよ…
悲しいことにも、そして素晴らしいことにも。
と、はな子が静かに語りかけてくれるような気がするのです。
生きて行くということは、きっと素敵なことなんですね、はな子さん。
現在の私の原点をたどっていくと、そこには「はな子」がいる…
だから、私にとって「はな子」はとても深い思い入れがあるのです。
そんな「はな子」と対面すると、子供の頃の純粋な気持ちになり、
そしてまた「自然体で動物たちと向き合おう」とも思うのです。
きっと、長寿の「はな子」には、似たような思い入れがある方が多い
のだと思います。この日、お祝い会が始まる前の静かな時間には、
「はな子」の前にたたずみ、語りかけるような目で対面している、
ご高齢の方を何人か見かけました。
「はな子」には、もっともっと長生きをしてもらって、私の原点として、
そして多くの人たちの里程標として、私たちを元気付けてほしい…
そんな思いで、私は井の頭自然文化園を後にしました。
【追記】
「平和への祈りをささげたい ~上野動物園にて」のコラムを
書いたのち、さらに調べていたら、実は上野動物園で餓死した
アジアゾウの「ワンリー」は、別名「花子」と呼ばれていたそうです。
戦後初めて上野動物園にやってきたゾウの「はな子」は、
同じく上野動物園で戦争の犠牲になった「花子」の名を引き継いだ
ことになります。「はな子」という名には、平和への思いが込められて
いたのかもしれません。
| 固定リンク
「どうぶつえん」カテゴリの記事
- 【追悼】多摩動物公園のアフリカゾウ『マコ』(2011.07.30)
- 【支援をお願いします!】被災した動物園が…!!(2011.03.17)
- 被災地の動物園 その後(2011.04.02)
- 2011年のカレンダー(1月)(2011.01.26)
- ふたたび、長崎バイオパーク(1) カピバラ露天風呂は今日も盛況(1日目)(2010.02.15)








コメント
はじめまして。こんばんわ。
ゾウは、ものすごく、賢くて、記憶力がいいって聞いたです。だから、もしかしたら、はな子さんは、幼い頃の、だいぴんさんを、覚えているかもしれない。。。と思うです。
投稿: solabou | 2011年4月23日 (土) 01時15分
solabouさん
コメントありがとうございます。
そう、ゾウは優れた記憶力を持っているそうですから…
覚えていてくれたら、とっても嬉しいんですけど。
とはいえ、なにぶん、はな子さんもご高齢ですから。
でも、たとえ覚えていてくれなくても、かつてはな子さんが小さな僕を見つめてくれた瞳を、今の僕が見つめているだけで、幸せな気持ちになれるんです。
はな子さんは、僕の原点なのですから。
投稿: だいぴん | 2011年4月23日 (土) 03時15分