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2010年5月 2日 (日)

サバンナの風に聴く(10) サバンナの「季節」

5月に入りました。

子供の日が近いということで、先日立ち寄った富士山麓の朝霧高原で、
こんな光景を目にしました。

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なんとも、「This is JAPAN」というような光景ですが…
(朝霧高原 ~静岡県富士宮市)

朝霧高原は、ようやく木々の新芽が芽吹き始めたところでしたが…
少しひんやりとした心地良い風の中で、雪をいただく富士山を背景に
空に悠々と泳ぐこいのぼり、を眺めていると、春の訪れを実感して、
なんだか嬉しくなりました。

季節を実感するというのは、とても素敵な感覚ですね。

日本には春、夏、秋、冬の四季があります。
私たちは、その四季の存在を当たり前のように感じているのですが、
世界中でこれほど明確に、そして美しく季節の変化を感じることが
できる国はないのではないか…と私は思います。

日本人は古来から季節の風情を歌や随筆に詠み記し、季節の到来を
祭事で祝ってきました。そして視覚的な季節のうつろいだけでなく、
「初物」や「旬」を味わうことで、味覚でも季節を感じてきました。

ここまでに季節感を生活に取り入れ、季節の変化を楽しむ文化は、
日本以外にはほとんどないと言われています。逆に言えば日本人の
季節の風情を捉える繊細な感覚は、季節の変化を大切にする文化が
その背景にあるのかもしれません。

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四季折々の花を愛でるのも、日本人ならではの感覚だとか…
(神代植物公園 ~東京都調布市)

日本での2年間の留学経験を持つケニア人の友人に「日本にいた頃、
もっとも印象深かったことは?」と聞いてみたことがあります。
私としては「新幹線に乗ったこと」とか「京都を訪れたこと」など、
日本の技術や文化に触れたことが返ってくるかと思ったのですが…

「Four seasonsがあることだね」

という意外な答えが返ってきました。「なぜ?」と聞いてみると、

「ケニアには『雨季』と『乾季』のTwo seasonsしかないから」

と答えてくれました。彼の説明によると、赤道直下のケニアでは、
年間を通じて気温はほぼ一定で、ケニア人にとっての「季節」は、
「雨が降るか、降らないか」という感覚しかないのだそうです。

日本に来て、「雨が降る、降らない」ではなく、「四季」という
季節に初めて接し、彼はその美しさに驚いたのだとか。

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藤の花は、古くは古事記にもその名が出てきます。
(神代植物公園 ~東京都調布市)

友人が、日本には四つの季節があることに驚いたのと同じように、
「雨季と乾季…ケニアには2つの季節しかない」と聞いたときは、
私も驚きました。

季節といえば「四季」…と、当たり前のように思っていましたが、
それはあくまでも四季がある国で生活をしている者の考え方で、
地域によっては、季節の捉え方が異なる、ということに今更ながら
気付いたからです。

サバンナでの「季節」とは、雨が降るか、降らないか。
ただそれだけの、ある意味で単純な「季節」。
しかし単純であっても、サバンナに生きる野生動物たちにとって、
非常に重要な意味を持つ「季節」なのです。

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サバンナでの「季節」とは、「雨季と乾季」のことです。
(ケニア・マサイマラ国立保護区)

サバンナの野生動物の生態系は、草食動物がベースとなっています。
それはつまり、サバンナの生態系を支えているのが「植物」である、
ということに他なりません。植物がなければ、草食動物だけでなく、
ライオンなどの肉食動物や、空を飛ぶ鳥類も…全ての野生動物は
生きていくことができないのです。

雨が降る、ということは、植物が育つということです。
「そんなのは当たり前の話でしょう?」と思われるかもしれません。
そう、それは確かにアタリマエの話なのです。でも、もうひとつの
対極的な「アタリマエ」がサバンナには存在しています。

それは、「雨が降らなければ、植物は育たない」ということです。
つまり、乾季にはサバンナのほとんどの植物が枯れてしまうのです。
草食動物たちは、乾季には食べる草はおろか、飲み水にも不自由を
してしまいます。

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植物がなければ、野生動物たちは生きていけないのです。
(アミメキリン ~ケニア・サンブール国立保護区)

乾季は、野生動物にとって生死にかかわる非常に厳しい季節です。

この乾季をいかに生き延びるか…

ケニア・マサイマラ国立保護区のヌーやシマウマは、草を求めて
大移動を繰り返し、時には自らの生命の危険を賭して川を渡り、
マサイマラ国立保護区とつながる隣国タンザニアのセレンゲティ
国立公園との間を、1千キロ以上も歩き続けます。

その他の動物たちも、乾季でも草が比較的多い丘陵地帯などに
移動したり、やはり草を求めて果てしない移動を続けながら、
乾季を乗り切って生きていきます。

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草を求めて、時には1千キロ以上を移動していきます。
(ヌーの群れ ~ケニア・マサイマラ国立保護区)

私自身も乾季のケニアでサファリをしたことがありますが、
動物たちは草を求めて移動してしまい、草原にはほとんど動物が
見当たらず…半日動物を探してまわっても、動物たちがまったく
見つからなかった時もありました。

そうなると、肉食動物たちも獲物がいなくなり、生死の問題に
直面します。ライオンやチーターなどの肉食動物は縄張りから
離れたがらないものですが、飢えに直面すると離れざるを得ず、
やはり草食動物を求めて移動していきます。

乾季は全ての野生動物にとって、とても厳しい季節。
サバンナには緑に覆われる豊かな季節と、一面が枯れ野原になる
厳しい季節という、両極端な季節が存在しているのです。

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百獣の王でも、乾季を乗り切るのは容易なことではありません。
(マサイマラ国立保護区)

驚くべきことは、野生動物たちはこうした季節の変化を誰に
教わるでもなく、肌身で感じ取り、本能で乗り越えていること。
自らが変えることができない、天賦の現象である「季節」に
適応するチカラは、想像を絶する長い時間をかけて動物たちの
DNAに刻み込まれ、引き継がれてきたものなのでしょう。

ヌーは、はるか遠方の雨の匂いがわかると言われています。
雨が降るところには草が生えている…それをヌーは知っていて、
その雨の匂いを追いながら、ヌーは大移動をして行くのです。

そんなヌーの能力も、乾季と雨季という両極端な季節…それは
すなわち生と死を分けるほどの極端さ…が存在するサバンナで
生きているからこそ培われ、引き継がれてきた本能のひとつに
他なりません。

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ヌーははるか彼方の雨の匂いを追って移動し続けます。
(ケニア・マサイマラ国立保護区)

四つある日本の季節を「四季」と言うなら、サバンナの季節は
「二季」で、それも「雨が降る、降らない」という、きわめて
単純な季節ではありますが、その単純さゆえにダイナミックで
力強い生命(いのち)の営みを生み出した、と私には思えます。

日本には花が咲き、青葉が輝き、紅葉し、雪が積もるという
変化に富んだ美しい「季節」…四季があります。
サバンナには、そうした変化に富んだ季節ではありませんが、
野生動物たちのたくましい生命力を感じる「季節」があります。

サバンナの「季節」もまた、生命の輝きに満ちあふれた、
美しい季節なのです。

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グラントゼブラ (ケニア・マサイマラ国立保護区)

 

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